頭だつた連中が酒場に集まつて、いはゆる身分相応な卓子会議を開いてゐたものでな、その卓子の真中にはかなり大きな仔羊の丸焼が置いてあつた。四方山の話がはずんで、いろいろの変化《へんげ》や奇蹟のことも話題にのぼつた。と不意に――それも誰か一人だけにさう見えたのなら、なんでもないのぢやが、正しく一同に――仔羊が頭をもたげ、その淫蕩《みだら》がましい眼《まなこ》が生き返つて爛々と輝やき出したかと思ふと、忽ちのあひだに、黒いごはごはした口髭が現はれて、一坐の連中の方へ向けてそれが意味ありげにもぐもぐと動き出したといふのぢや。一同はたちどころにその仔羊の首にバサウリュークの面相を見てとつた。祖父は今にもそいつが火酒《ウォツカ》をねだるのではないかと思つたさうぢや……。そこで堅気な老人連は、矢庭に帽子を掴みざま我が家をさして、先きを争つて逃げ帰つてしまつたとのこと。又これは別の話ぢやが、先祖から伝はつた酒杯《さかづき》を相手に、時をり管を巻くことの好きな寺名主が、ある時チビリチビリやりだして、まだ二杯とは傾けんのに、ふと見ると、その酒杯がこちらを向いてこつくりこつくりお辞儀をしてゐる。『ちえつ、勝手に
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