》へ出て来ては、いかにも素晴らしい大寒日和をさんざんに褒めののしつたり、または入口の土間で、寝かしてあつた穀物に風を通したり搗いたりするのぢやつた。やがて雪が解けはじめ、梭魚《かます》が尾で氷を砕いた。だが、ペトゥローの容態には依然として変りがなく、時と共にいよいよ気むづかしさがつのる一方だつた。足もとに金貨の袋を置いたまま、鎖にでも繋がれたやうに、家の真中に坐つてゐた。髪はぼうぼうと伸び放題で、まるで野育ちのやうに、見るからに怖ろしい形相になつて、絶えず一つのことに思ひを凝らして、何事かを思ひ浮かべようと一心になりながら、それが思ひ出せぬのに焦れたり、怒つたりした。時々、暴々しく席を蹴つて立ちあがると、両手を打ち振り打ち振り、何ものかを捉まへようとでもするやうに、じつと眼を凝らすことがあつた。唇は、何かずつと前に忘れてしまつた言葉を、どうかして口へ出さうとしてあせるやうに、ぴくぴくするのだが――やはり又じつと動かなくなる……。狂暴の発作が襲つてくると、まるで正体もなく歯がみをして、われとわが手に咬みついたり、苛立ちまぎれに髪の毛を引きむしつたりするが、やがてそれが鎮まると、さながら夢
前へ
次へ
全46ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング