なかへ、底をうへにして、伏せるやうにして入れる。それから呪文をとなへてから、その鉢の水を一匙だけ病人に呑ませるのぢや。(原作者註)
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 かくてその夏もすぎた。哥薩克たちの多くは秋の刈り入れをすました。そして生れつき放縦な多くの哥薩克たちはまたもや戦地へと出征した。鴨の群れはまだ土地《ところ》の沼地に群れてゐたが、鷦鷯《みそさざい》はもう影も見せなかつた。曠野《ステッピ》は一面に赤くなつた。そこここに穀類の禾堆《いなむら》が、ちやうど哥薩克の帽子のやうに野づらに点々と連なつてゐた。時をり村道を、柴や薪をつんだ荷馬車が通つてゆくのが眼についた。大地はいよいよ固くなり、ところどころに凍《い》てが染みとほつた。やがて空から雪がチラチラと落ちはじめ、木々の枝は兎の毛のやうな霜で飾られた。晴れた極寒の日には優雅な波蘭貴族よろしくの姿をした胸の赤い鷽《うそ》が餌を曳つぱりながら雪の上を歩きまはり、子供らはでつかい槌を持つて氷の上を走りまはつて、木の球を追つかけた。一方、彼等の父親たちは楽々と煖炉《ペチカ》のうへに寝そべつてゐたが、時をり、吸ひつけた煙管をくはへたまま戸外《そと
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