うな踊り方をしながら、ときどき戯口《ざれぐち》をきいた。コールジュまでが若者たちを見ては我慢がならなくなつて、寄る年波も忘れて浮かれだした。この老人は酒杯《さかづき》を頭にのつけて、四絃琴《バンドゥーラ》を手にすると、煙管《パイプ》をすぱすぱやりながら、歌を口ずさみ口ずさみ、ぞめき連のやんやといふ喝采につれて、しやがみ踊りをおつぱじめたものだ。一杯機嫌になると何をやりだすか知れたものぢやない。仮面《めん》をかぶれば――いやもう、まるで人間の恰好ではない。どうしてどうして、今時の仮装などは、むかし婚礼の時にやつたものとは、てんで比べものにはならんて。当節やるのは、なんぞといへば、せいぜいジプシイか大露西亜人《モスカーリ》の真似ごとぐらゐが関の山ぢや。ところが、そんなものとは大違ひで、一人が猶太人に紛すると一人は鬼になつて、最初は接吻しあつたりなどしてゐるが、そのうちに房髪《チューブ》の掴みあひをおつぱじめる……。まつたくどうも! 一同は腹をかかへて笑ひころげたものぢや。土耳古人や韃靼人の服装《なり》をしてゐる者もある。それがみんな火のやうにキラキラと光つてをるのぢや……。ところが、そのうちにふざけた馬鹿な真似がおつぱじまる……いやもう、とても堪つたものぢやない! 亡くなつた祖父の叔母は、この婚礼の席に列なつて、とても滑稽な一幕を演じてしまつたものぢや。叔母はその時、なんでも韃靼風のだぶだぶした衣裳をつけて、酒杯《さかづき》を持ちまはつて一同に酒をすすめてゐたさうぢや。すると一人の男が悪魔にでもそそのかされたのか、うしろから叔母のからだへ火酒《ウォツカ》をぶつかけをつたのぢや。するともう一人の別の男が待つてゐたといはんばかりに、即座に火を燧つてそれに点けをつた……。火焔がぱつと燃えあがつた。可哀さうに、叔母はすつかり仰天してしまひ、満座のなかで着物をのこらずかなぐりすてた……。まるで市場のやうに、わつといふざわめきと、哄笑と、馬鹿さわぎが持ちあがつた始末さ。一と口に言へば、どんな老人《としより》も未だ曾てこれほど愉快な婚礼には出会つたためしがないといふほどぢやつた。
 ピドールカとペトゥルーシャとは、まるで殿様と奥方のやうな暮しをはじめた。なに不自由なく、万事につけてきらびやかに……。しかし堅気な人たちは二人の暮しを眺めて、かすかに首をふつた。『悪魔から福は来るものでねえだ。』さう彼等は異口同音に言ふのだつた。『正教徒をたぶらかす悪魔からでなくて、どこからあんな富がころげこんで来るものか。いつたいどこからあの山のやうな金貨を手に入れたのだらう? それに、なんだつてあの男が金持になつたと同じ日に、不意にバサウリュークの姿が消えて無くなつたんだらう?』どうも人の臆測といふものは馬鹿にならんものでな! 一と月とたたぬうちにペトゥルーシャはまるで人間が変つてしまつた。いつたい彼はどうしたといふのか――さつぱり訳がわからん。同じところに坐つたまま、一と言も人とは口をきかず、しよつちゆう物思ひに耽つて、何事かを一心に思ひ出さうと骨折つてゐるらしいのぢや。どうかしたはずみに、ピドールカがやつと口をあかせると、妙にきよとんとしながらも、すこしは話もして、気分もいくらか晴れるやうなのぢやが、ふと、くだんの袋を見ると、『待て待て、どうも思ひ出せんわい!』さう口ばしつて、またもや深い物思ひに沈んで、再び何事かを思ひ出さうと一心不乱になるのぢや。時々じつと、長いあひだひとつ場所《ところ》に坐つてゐると、いかにも何もかもが初めから脳裡《あたま》に浮かびあがつて来さうな気がするのぢや……が、やはりまたぼうつとしてしまふのぢや。どうやら、自分は居酒屋に坐つてゐるらしく、火酒《ウォツカ》が運ばれて来る、火酒《ウォツカ》が舌に焼けつく、火酒《ウォツカ》はとても厭だ、誰かそばへ近よつて来て肩を叩く、その男が……しかし、それから先きはまるで眼のまへに霧がかかつたやうで、とんと思ひ出せぬ。汗が顔からたらたら流れる、彼はぐつたりして、その場に居竦まつてしまふのだつた。
 ピドールカはありとあらゆる手段《てだて》をつくした。修験者に相談したり、★怯え落しや癪おさへの呪術《まじなひ》もしてみたが――しかし、なんの験《しるし》もなかつた。
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★ わたしの地方では人が悸病《おびえ》にかかつた時、その原因を知るために『怯え落し』をやる――それには先づ錫か蝋を溶かして水の中へ流しこむのだ。するとそれが病人を怯えさせてゐるものの姿に似た形を現はす、それで怯えはすつかり落ちてしまふのぢや。『癪おさへ』といふのは吐気《むかつき》や腹痛の時にやるもので、それには大麻の切れはしに火をつけてコップのなかへ入れ、それをば病人の腹のうへに水を盛つて載せた鉢の
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