怖ろしや、彼の髪の毛は一時に逆立つた!――※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]の袖口のきれつぱしが結びつけてあるではないか!……ぺつと唾を吐いて、急いで十字を切ると共に、両手を泳ぐやうに振りながら、その思ひもかけぬ土産物から逃れようとして、彼は一目散に駈け出したが、その速いこと速いこと、血気の若者そこ退けといつた歩調《あしなみ》で忽ち群集のあひだへ姿を消してしまつた。

      十一

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わが麦のことで他人に打たれる。
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――諺――
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「とつ捉まへろ! そいつをとつ捉まへろ!」と数人の若者が狭い町はづれで呶鳴つた。そして気がつくと、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークは不意に頑丈な手で取り押へられてゐた。
「こいつを縛りあげるんだ! てつきりこいつめが、堅気な人間の牝馬を盗みやあがつたんだよ。」
「とんでもねえ! なんだつておいらを縛るだね?」
「あべこべにこいつの方から訊いてやがらあ! それぢやあ、なんだつて手前は、この定期市《ヤールマル
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