かへ入るなり声をかけた。「お前さんまだ瘧《おこり》をふるつてるだかね?」
「ええ、なんだか加減が悪いもんで。」さう答へながら、ヒーヴリャは不安らしく天井の下の棚へ眼をやつた。
「おい、おつかあ、あすこの馬車から水筒を持つて来てくんなよ!」さう、教父《クーム》はいつしよに戻つて来た自分の女房に※[#「口+云」、第3水準1−14−87]ひつけた。「皆の衆といつしよに一杯やるだよ。あの忌々しい婆あどもめが、他人《ひと》にも話されねえくらゐおらたちを嚇かしやあがつただからなあ。まつたく、皆の衆、おらたちはくだらねえことで引きあげて来たもんぢやねえかね!」と、彼は土器の水呑みでグビグビやりながら語をついだ。「屹度あの婆あどもは、後でおらたちを嘲笑《わら》つてゐくさるだよ、でなかつたら、この場へ新らしい帽子を賭けてもええだ。よしんばまた、真実それが悪魔だつたにもしろだよ――悪魔がいつたいなんだい? そやつのどたまへ唾でもひつかけてやるさ! たつた今、現在この場へ、たとへばこのおいらの眼の前へ、奴が姿を現はしたとしてもだよ、おいらがもし、そやつの鼻のさきへ馬鹿握《ドゥーリャ》を突きつけて呉れなかつた
前へ 次へ
全71ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング