打ちたたく音に急きたてられて、前後の弁へもなく門の方へ駈け出して行つた。

      七

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さあこれが奇々怪々な話なんでな、皆の衆!
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――小露西亜喜劇より――
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 市場では奇怪な事件が持ちあがつた。といふのは、何処か荷物のあひだから※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]が飛び出したといふ取沙汰でもちきりなのだ。輪麺麭《ブーブリキ》を売つてゐる婆さんのいふところでは、豚に化けた悪魔が、何か捜しものでもするやうに、ひつきりなしに荷馬車といふ荷馬車を片つぱしから覗きまはつてゐるのを見かけたとのことだ。この噂は忽ちのうちに、もうひつそりと鎮まつた野営の隅々にまでひろまり、その輪麺麭《ブーブリキ》売りの婆さんといへば、酒売り女の天幕とならんで屋台店を出してゐて、朝から晩まで用もないのにコクリコクリお辞儀をしたり、ふらつく足でまるで自分の甘い商売物そつくりの形を描いて歩くやうな女ではあつたけれど、人々はその話だけは信用しない方が罪悪だとすら考へた。搗てて加へて、例
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