喜びもなければ、同感の閃めきもなく、ただ酒の力がまるで魂のない自動人形を操る機械師のやうに、彼女たちに人間らしい動作を強ひてゐるだけで、ふらふらと酔ひしれた頭を振り動かしながら、新郎新婦の方へは眼を向けようともせず、ただ浮かれさわぐ群衆のあとについて踊つてゐるだけであつた。
 やがて、轟ろきと、笑ひと、歌声とがだんだん静かになつていつた。茫漠たる虚空の中に、はつきりしない響きをぼかし、消して、いつか弓《きゆう》の音も跡絶えてしまつた。まだ、どこかで遠い海洋《うみ》の呟やきにも似た足拍子の音だけは聞えてゐたが、間もなく一切の万象《ものみな》が空寂の底に沈んでしまつた。
 ちやうどこのやうに、歓びといふ美しくて移り気な訪客がわれわれの許を飛び去つたあとではただ侘しい音だけが過ぎ去つた歓楽を物語るのではなからうか? 音そのものが既におのれの反響《こだま》のなかに悲哀と寂莫の声を聴きながら、奇しくもそれに耳傾けてゐる。不羈奔放な、荒ぶる青春の遊び友だちが一人また一人と次ぎ次ぎに世を去つて、つひにはただひとり彼等の仲間を置き去りにするのも、ちやうどこれと同じではなからうか? 取り残された者は寂しい? ひしひしと胸せまり、悲しみに心はふさがれても、如何とも慰めよう術もない。
[#地から2字上げ]――一八三〇年――



底本:「ディカーニカ近郷夜話 前篇」岩波文庫、岩波書店
   1937(昭和12)年7月30日第1刷発行
   1994(平成6)年10月6日第8刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 前篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※題名の「ソロチンツイ」に、底本では「ポルタワ県ミルゴロド郡下の町。ゴーゴリの生まれたところ。」という訳注が付けられています。
※副題の「定期市」に、底本は「ヤールマルカ」とルビをふっています。
※「*」は訳注記号です。底本では、直後の文字の右横に、ルビのように付いています。
※「灯」と「燈」は新旧関係にあるので「灯」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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