、ころびはしないかと危ぶむやうな、おつかなびつくりの歩調《あしどり》で、床ではなく、昨夜あの祭司の息子が真逆様にころげ落ちた、くだんの板の取りつけられた天井や、壺の並べてある棚を眼下に見おろしながら、部屋のなかを歩きまはるのであつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]ほんとに、あたしつたら、まるで赤ん坊だわ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう、笑ひながら彼女は呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]足を踏みだすのが怖いなんて!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
やがて彼女は足拍子を取りはじめると――だんだん大胆になつて、たうとう終ひには左手を鏡からはなして腰にあて、靴の踵鉄《そこがね》の音も高らかに、鏡を片手で前にささへたまま、好きな自分の唄を口吟《くちずさ》みながら踊りだした。
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青い青い蔓雁来《つるにちにち》は
低くさがつて床になれ!
眉毛の黒い、好いひとは
こつちいちよいとお寄んなさい!
青い青い蔓雁来《つるにちにち》は
もつとさがつて床になれ!
眉毛の黒い、好いひとは
もつとこつちいお寄んなさい!
[#ここで字下げ終わり]
ちやうどその時、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークが戸口へ近よつたが、わが娘《こ》が鏡を覗きながら、しきりに踊つてゐるのを見て、その場に足を停めた。つひぞない娘の気紛れに噴きだしながら、暫らくはそれに見惚れてゐたが、すつかり夢中になつてゐる娘はなんの気もつかぬらしい様子だつた。ところが、懐かしい歌の調べを耳にするとチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークの胸の血がさわぎだして、やをら誇りかに両手を腰につがへて前へ進み出るなり、彼は前後を忘れてしやがみ踊りをおつ始めたものだ。その時、からからといふ教父の高笑ひが二人をぎよつと震ひあがらせた。
「いや、結構々々、こんなところで親爺と娘が婚礼の前祝ひをやらかしてゐるだな! さあ、早く来るだよ、聟殿がござつただから。」
この最後のひと言にパラースカは、自分の頭に束ねられたリボンの色よりも濃く、頬を赧らめたが、暢気な父親もやうやく自分の帰宅した用件を思ひだした。
「さあ、娘、急いで出かけるだよ! ヒーヴリャの奴め、おいらが牝馬を売つたら、大喜びで飛んで行きをつただよ。」さう言ひながらも、彼は不安さうにあたりを見まはした。「下着《プラフタ》だの、いろんな布地だのをしこたま買ひこむつもりで駈け出して行きをつただから、彼女《あれ》の戻つて来ねえうちに、何もかも鳧をつけてしまはにやなんねえだよ!」
パラースカは家の閾を跨ぐがはやいか、自分のからだが白い長上衣《スヰートカ》を著た若者の腕に抱きすくめられたのを感じた。彼はおほぜいの人だかりといつしよに、往来《おもて》で彼女を待ち受けてゐたのであつた。
「主よ、祝福を垂れ給へ!」と、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークが二人の頭の上に手を置いて言つた。「この二人が、とも白髪の末まで、幾ひさしく添ひとげまするやうに!」
この時、群衆の中にざわめきが起つた。
「どうしてどうして、滅多にそんなことをさせて堪るもんか!」かう、ソローピイの配偶者《つれあひ》が躍起になつて喚きたてたが、群らがる人々がげらげら笑ひながら、後ろへ後ろへと彼女を押し戻した。
「逆せあがるでねえだよ、逆せあがるでねえだよ! おつかあ!」とチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークは、頑丈なジプシイが二人がかりで女房の両腕を押へてゐるのを見て、いやに落ちつき払つて言ふのだつた。
「いつたん出来てしまつたこたあ、どうもしやうがねえだよ。変改《へんがへ》するつてことあ、おら大嫌えだで!」
「いけないつたら、いけないよ! そんな勝手な真似をさせてなるもんか!」と、ヒーヴリャはなほも喚き立てたが、誰ひとりそれに取りあふものはなかつた。幾組もの男女が新郎新婦をとりかこんで、二人のぐるりに蟻の這ひ出る隙もない舞踏の壁を作つてしまつた。
粗羅紗の長上衣を著て長い捩《ねぢ》れた泥鰌髭をはやした楽師が弓《きゆう》を一触するや、一同の者が否応なしに、一斉に調子をそろへて踊り出す、その光景を眺めては、なんとも形容しがたい一種不可解な感に打たれざるを得なかつた。恐らく生涯に一度もその気むづかしい顔に笑ひを浮かべたことのなささうな連中までが、足拍子を取つたり、肩をゆすぶるのであつた。誰も彼もがゆらゆらと揺れながら、踊りまはつた。しかし、古ぼけた顔に墓場のやうなそつけなさを表はした老婆たちが、若い、喜々として笑ひ興ずる、元気溌剌たる人々のあひだに揉まれてゐる有様を一瞥したなら、更に奇妙で一層合点のゆかぬ思ひが心の奥底に湧きたつたであらう。まことにたわいもない老婆たちだ! 子供らしい
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