カ》へやつて来てゐる百姓のチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークの牝馬を盗みやあがつたんだ?」
「お前さんがたは気でも狂つただかね、若い衆たち! どこの国にわれとわが物を盗む阿呆があるだ?」
「古い手だよ! 古い手だよ! ぢやあ、なんだつて手前はまるで自分の踵へ悪魔が追ひつきかかりでもしたやうに、矢鱈無性に逃げ出しやあがつたんだ?」
「逃げもせにやあなるめえて、悪魔の着物が……。」
「ええ、こいつめ! その手でおいらを誤魔化さうたつて駄目だぞ。待つてろ、今に委員から二度と再びそんなペテンで人を驚かせないやうに、きつと成敗があるから。」
「とつ捉まへろ! そいつをとつ捉まへるんだ!」さういふ叫び声が反対がはの町端れであがつた。「そうら、そこへ逃げてゆくぞ!」
やがて、我がチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークの眼前へ、後ろ手にいましめられて、数名の若者に引つ立てられた、見るも痛ましい教父《クーム》の姿が現はれた。
「稀代《けつたい》なこともあるものさ!」と、そのなかの一人が言つた。「この、ひと目で泥棒だと分る悪党の言ひ草を聴いてくれ。どうして狂人《きちがひ》みてえに突つ走つたんだと訊ねると、その答へがかうだ――『嗅煙草を喫はうと思つて衣嚢《かくし》へ手を突つこんだら、嗅煙草入の代りに、悪魔の※[#始め二重括弧、1−2−54]長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]のきれつぱしが出てきて、そいつが赤い焔をあげて燃えあがつたから、後をも見ずに駈けだしたんだ』とさ!」
「おやおや! さては、こ奴ら二人は、てつきりひとつ穴の狐に違えねえぞ! 両方いつしよに繋いでおくことにしよう。」
十二
[#ここから11字下げ]
※[#始め二重括弧、1−2−54]なんで、あなた方はかう私を責めなさるんで?
※[#始め二重括弧、1−2−54]どうしてこんなにいぢめなさるんで?※[#終わり二重括弧、1−2−55]と哀れな彼が言つた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]何をそんなにこの私をからかひなさるんで?
※[#始め二重括弧、1−2−54]ええ何を、何を?※[#終わり二重括弧、1−2−55]さういつて、ぼろぼろと苦い涙をこぼしながら、手を拱ぬいた。
[#ここから22字下げ]
――*アルテモフスキイ・グラーク『旦那と犬』より――
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ、折り返して5字下げ]
アルテモフスキイ・グラーク ピョートル・ペトロー※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83](1791―1853)小露西亜の詩人。
[#ここで字下げ終わり]
「ひよつと、どうかして、お前《めえ》、ほんとになんぞちよろまかしたんぢやあねえかい?」かう、教父と一緒に繋がれて、藁葺き小舎の中で横になつたまま、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークが訊ねた。
「お前《めえ》までがそんなことを言ふのかい、兄弟? お袋の眼を盗んで、酸乳脂《スメターナ》をつけた肉入団子《ワレーニキ》を摘んだことよりほかに――それもおいらが十歳《とうを》ぐれえの時の話だが――それよりほかに、つひぞ他人《ひと》さまの物に手をかけたことがあつたら、この手足が干からびてしまつてもええだよ。」
「ぢやあ、なんだつておれたちあこんな酷い目に会ふだね? お前はまだしものことよ、ともかく他人《ひと》の物を盗つたつちふ言ひがかりを受けとるだから。ところが、おいらくれえ不仕合せな者があるだらうか、われとわが牝馬を盗んだなんちふ性《たち》の悪い言ひがかりをされてさ? 屹度これあ、なんでも前《さき》の世からの因果で、こんな不運な憂目を見ることだべえなあ!」
「情けねえことぢや、まつたくみじめな、頼りない身の上ぢやよ!」
かういつて教父同士は、めそめそと啜りあげて泣きだした。
「これあまた、どうしたといふだね、ソローピイのお父《とつ》つあん?」と、ちやうどその時そこへ入つて来た、グルイツィコが声をかけた。「いつたい、どいつがお前さんを縛つたんだね?」
「あつ! ゴロプペンコだ、ゴロプペンコだ!」と、ソローピイは嬉しさのあまり叫び出した。「おい、兄弟《きやうでい》、これが、そら、お前に話したあの当人だよ。それあ見ものだぞ! お前の頭よりでつかいくれえのコップを、おらの眼のまへで顔ひとつ顰めねえで呑み乾しただもの。それが嘘だつたら、この場でおいらに天罰が降る筈だ!」
「ぢやあ、兄弟《きやうでい》、なんだつて、お前はそねえな素晴らしい若い衆に恥いかかしただ?」
「この態《ざま》あ見てくんな。」さう、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークはグルイツィコの方へ向きなほつて言葉をつづけた。「てつきり、お前に恥いかかした罰《ばち》が当つただよ。どうか勘弁してく
前へ
次へ
全18ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング