、ころびはしないかと危ぶむやうな、おつかなびつくりの歩調《あしどり》で、床ではなく、昨夜あの祭司の息子が真逆様にころげ落ちた、くだんの板の取りつけられた天井や、壺の並べてある棚を眼下に見おろしながら、部屋のなかを歩きまはるのであつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]ほんとに、あたしつたら、まるで赤ん坊だわ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう、笑ひながら彼女は呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]足を踏みだすのが怖いなんて!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
やがて彼女は足拍子を取りはじめると――だんだん大胆になつて、たうとう終ひには左手を鏡からはなして腰にあて、靴の踵鉄《そこがね》の音も高らかに、鏡を片手で前にささへたまま、好きな自分の唄を口吟《くちずさ》みながら踊りだした。
[#ここから3字下げ]
青い青い蔓雁来《つるにちにち》は
低くさがつて床になれ!
眉毛の黒い、好いひとは
こつちいちよいとお寄んなさい!
青い青い蔓雁来《つるにちにち》は
もつとさがつて床になれ!
眉毛の黒い、好いひとは
もつとこつちいお寄んなさい!
[#ここで字下げ終わり]
ちやうどその時、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークが戸口へ近よつたが、わが娘《こ》が鏡を覗きながら、しきりに踊つてゐるのを見て、その場に足を停めた。つひぞない娘の気紛れに噴きだしながら、暫らくはそれに見惚れてゐたが、すつかり夢中になつてゐる娘はなんの気もつかぬらしい様子だつた。ところが、懐かしい歌の調べを耳にするとチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークの胸の血がさわぎだして、やをら誇りかに両手を腰につがへて前へ進み出るなり、彼は前後を忘れてしやがみ踊りをおつ始めたものだ。その時、からからといふ教父の高笑ひが二人をぎよつと震ひあがらせた。
「いや、結構々々、こんなところで親爺と娘が婚礼の前祝ひをやらかしてゐるだな! さあ、早く来るだよ、聟殿がござつただから。」
この最後のひと言にパラースカは、自分の頭に束ねられたリボンの色よりも濃く、頬を赧らめたが、暢気な父親もやうやく自分の帰宅した用件を思ひだした。
「さあ、娘、急いで出かけるだよ! ヒーヴリャの奴め、おいらが牝馬を売つたら、大喜びで飛んで行きをつただよ。」さう言ひながらも、彼は不安さうにあたりを見まはし
前へ
次へ
全36ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング