の頭のぐるりを旋※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してゐた。時々、ほのかな微笑が不意に、その紅いろの唇に浮かんで、何やら喜ばしい思ひが黒い眉をもたげるのであつたが、時にはまた憂への雲がそれを鳶色の澄んだ眼の上へおしさげた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]もしや、あのひとの言ふやうな上々の首尾にいかなかつたら、どうしようかしら?※[#終わり二重括弧、1−2−55]彼女は何かしら疑念の色を浮かべながら、かう呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]もしや、あたしをお嫁にやつてくれなかつたら、どうしよう? もしか……。ううん、そんなことつてあるものか! 義母《おつか》さんだつて自分の好きな真似をしてるんだもの、あたしだつて、かうと思ひ立つたことをして退けて悪いわけはない筈よ。強情のはりつくらなら負けやしないわ。あのひと、ほんとに好男子《いいをとこ》だわ! あのひとの黒い眸が、なんて美しく輝やくことだらう! あのひとの口からもれる『可愛いパラーシュ!』つていふ言葉の優しさ! あのひとには、あの白い長上衣《スヰートカ》がとてもよく似あふわ! 帯がもう少し派手だつたら、もつと好いんだけれど!……いいわ、今にあたしたちがほんとに新らしく家を持つやうになりさへすれば、あたしが織つてあげるから。まあ、思つただけでもぞくぞくするわ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう言いながらも彼女は、市《いち》で自分に買つた、赤い紙で縁を貼つた小さな鏡を懐ろから取りだすと、秘やかな悦びをもつてそれを覗きこんだものだ。※[#始め二重括弧、1−2−54]さうなつたら、あたし、どこで義母《おつか》さんにでつくはさうが、間違つても挨拶なんかしてやらないから。どんなに猛らうが狂はうがかまやしない。さうだとも、ねえ義母《おつか》さん、いくらあんただつて、もう自分の継娘をひつぱたいたりなんか出来ないことよ! あたしや、砂が石の上で芽をふくことがあつたつて、樫の木が枝垂柳のやうに水ん中へお辞儀をつくことがあつたつて、決してあんたの前へ頭はさげないことよ! あら、さうさう忘れてゐたわ……頭巾帽《アチーポック》をかぶつて見なきやあ、義母《おつか》さんのでも、どうにかあたしに間にあふかしら?※[#終わり二重括弧、1−2−55]
そこで彼女は鏡を両手で持つたまま立ちあがると、俯むいてそれを覗きこみながら
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