のお邸の前の大通りみたいに坦・砥の如しとは、ちよつと申しあげかねるからで。一昨年《をととし》のこと、例のフォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチがディカーニカからやつて来て、たうとう新らしい馬車と鹿毛《かげ》の牝馬もろとも、崩穴《がけ》へ落つこちてしまつたといふ始末でな、それも自身の手で手綱を捌き、そして時々は自分の肉眼の上へ更に買ひものの眼をおつつけおつつけしてゐたにも拘らずぢや。
 さるかはり、一度お客においで下すつたなら、それこそ、恐らく生まれてこのかた、つひぞ召しあがつたこともないやうな甜瓜《まくはうり》を御馳走いたしますよ。それに蜂蜜なら、請合つて、そんじよそこいらの部落《むら》では金輪際、見つかりつこない飛びきり上等の蜜を進ぜますて。まあ、思つてもみて下され――蜜房を持つてくるてえと、部屋ぢゆうにぷんぷんと芳香がみなぎりわたるといふ始末でな、いや、とてもとても想像することも出来ませぬくらゐ、まるで涙か、それともよく耳環にはめる高価な水晶のやうに、混りつけのない蜂蜜ですぢやて。それから、うちの老妻《ばばあ》が御馳走する*ピローグですよ! それがどんな素晴
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