思へば、何の用があるのか、納屋の後ろへ駈けこむ御仁がある。ほんとに、どうしたといふのだらう!……気随になさるもよいけれど、それにしても、そちらからせがんだのぢやないか……。聴くなら、ちやんとして聴いて貰ひ度い!
まだ、春のはじめのころから、父は煙草を売り捌きに、クリミヤ地方へ出向いてゐて留守だつた。荷馬車を二台仕立てて行つたのか、三台仕立てて行つたのか、その辺のことははつきり憶えてゐないが、何でもその頃は煙草の値のいいころだつた。父は三つになる弟をいつしよに連れて行つた――早くから行商を見習はせておかうといふ下心だつたのだらう。で、我れ我れは、祖父に、母に、私に、兄に、それから弟の五人で家にのこつた。祖父は街道筋に瓜畑を拵らへて、そこの番小舎で寝とまりをしてゐたが、瓜畑から雀や鵲を追つぱらふ役目に、私たちをいつしよにそこへ連れて行つた。私たちにそれが悪からう筈はない。何しろ、日にどれだけといふことなく、胡瓜だの、甜瓜だの、蕪だの、葱だの、豌豆だのを、矢鱈に詰めこむものだから、始終、まつたく雄鶏の鳴き声そつくりの腹鳴りがしたものだ。さて、そのうへに旨いことは、相次いで街道をとほる人々が
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