して心を労することなく、その全生活が坦々として油の上を辷るやうに滑らかに※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]転してゆくといつた人物であることが頷かれた。
「いや、今晩は!」と、その男はイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチを眺めて、挨拶した。
 イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは無言のまま、会釈を返した。
「失礼ですが、どなた様でございましたかしら?」と、肥つた新来の客は言葉をつづけた。
 かうした質問に依つて、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは、是非なく席を立つて、聯隊長から物を尋ねられる時にいつもしたやうに、直立不動の姿勢を取つた。
「退職歩兵中尉イワン・フョードロフ・シュポーニカと申します。」さう彼は答へた。
「甚だ立入つたことをお尋ねいたしますが、どちらへお越しになるのでございますか?」
「自分の所有農園《もちむら》、ウイトゥレベニキへ帰りますので。」
「なに、ウイトゥレベニキですつて!」と、この無遠慮な質問者は叫び声をあげた。「いや、これはどうも、あなた、いや、これはどうも!」さう言ひながら彼
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