め二重括弧、1−2−54]拝啓、御許さま宛に肌着として毛糸の靴下五足と薄麻の襯衣四枚、お送り申しあげ候。なほ御相談申し上げ度き儀は、御承知の如く御許様にも最早重要なる官位を得られ候ことにもあり、且つ今ははや家事に携はるべき年配ともお成りなされ候こと故、このうへ軍隊に御奉公なさる筋はさらさら之無かるべく存じ候。妾ことも最早寄る年波にて御許さまに代りて家事万端のきりもりをするのにいたく難渋いたし居り候。なほ親しくお目もじ致し御許さまに申しあげ度きくさぐさの用件も之有り候へば、是非とも御帰省なさるべく申し入れ候。呉々も嬉しき嬉しきお目もじの叶ふことを念じて相待ち居り候。かしこ。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]ワシリーサ・ツプチェ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]スカ
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愛甥イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチどの
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二伸、うちの畠に誠に珍らしい蕪が出来ました。蕪といふよりはいつそじやがいもに似た恰好をしてをりますよ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
[#ここで字下げ終わり]

 この手紙を受け取つてから一週間の後、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは次ぎのやうな返事を書いた。

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※[#始め二重括弧、1−2−54]拝復、下着お送り下され有難く御礼申し上げ候。殊に小生の靴下は何れも甚だしく古もののみにて、既に再三再四従卒をして繕はしめ候ため、著しく窮屈を覚えをりし次第に候。さて御申越しの小生が服務に関しての御意見、一々御尤もと存じ候。就ては、一昨日退職願ひを差出し置き候へば、許可の辞令さがり次第、早速、幌馬車を傭ひ、帰郷の途に上るべき予定に御座候。先般御申越しの、西比利亜麦とか申す小麦の種子に就いての御依頼は、甚だ残念ながら、叔母上の御満足を充たし申すこと能はず候。当マギリョフスカヤ県下一帯、何処にも左様な物は見当り申さず候。なほ当地に於ては大部分養豚には*ブラーガに十分|熟《な》れたる麦酒を混じて与へをり候 ※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々 敬具
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]小甥イワン・シュポーニカ
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ワシリーサ・カシュパーロヴナ叔母様※[#終わり二重括弧、1−2−55]
[#ここで字下げ終わり]
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ブラーガ 白色を帯び、ビールに似た、下等な酒精飲料。又、ビール醸造用の麦芽汁の醗酵したものもブラーガと呼ぶ。
[#ここで字下げ終わり]

 つひに、中尉に昇進して退職の許可を得たイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは、*マギリョーフからガデャーチまで四十|留《ルーブリ》の約束で猶太人の馭者を傭つて、幌馬車の中に座を占めた。時あたかも樹々の小枝に新緑の若葉もなほ疎らに、大地のすべてが鮮やかにすがすがしい青草に蔽はれ初め、野辺の到る処に春の息吹の感じられる頃であつた。
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マギリョーフ マギリョフスカヤ県の首都。ドニェープルに臨んだ河港。
[#ここで字下げ終わり]

    二 道中

 道中には、さして目覚しい出来ごともなかつた。彼はもう二週間あまり旅をつづけてゐた。恐らく、それよりずつと前にイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは村へ帰り著いてゐた筈であるが、信心ぶかい馭者の猶太人が土曜日ごとに安息日を守り、馬衣に身を包《くる》んで、一日ぢゆう祈祷に過したからである。しかしイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは、先刻も述べた通り、つひぞ退屈といふものを感じたことのない人物であつた。で、その暇に彼は鞄を開けて、下著を取り出し、ためつすがめつ、それが十分に洗濯が出来てをるか、きちんと畳まれてをるかと、検査をしたり、もはや肩章掛のない、新調の軍服についてゐる綿毛《わたげ》を、叮嚀に払ひ落したりして、再びその品々を極めて大切さうに片づけた。彼は書物を読むことは、概して好きでなかつた。時々占い本を覗いてゐるやうなことがあつても、それは、もう幾度も読んで目に馴れた文字を見るだけの楽しみからであつた。ちやうど都会人が、別に新らしい珍談を聴かうがためではなく、ただ其処でいつからとはなしに雑談に花を咲かす癖になつてゐる仲間の顔を見るために、毎日、倶楽部へ出かけて行くのと同然である。また格別社交的なもくろみがあるでもなく、ただ、ずらりと活字になつてゐる氏名を見るのがこの上もない楽しみで、甚く面白さうに職員録を繰返し繰返し、日に何度といふほど読み返す官吏にも似てゐる。※[#始め二重括弧、1−2−54]ああ、イワン・ガウリ
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