実《まこと》の良人をば裏切らせることは出来ません。たとへわたしの良人が不実で、わたしを愛さなかつたとしても、わたしは良人を裏切るやうなことは決していたしません。神さまは、誓ひを破り、操を棄てるやうな人間をお愛しにはなりませんから。」
さういつて、彼女はその蒼白めた眼を、ダニーロがしやがんでをる窓の外へじつと注いで、身動きもせず立ちつくした……。
「お主は何処を見てをるのぢや? 誰がそこに見えるのぢや?」と、魔法使が喚いた。
透明なカテリーナはブルブルと顫へた。だがその時、すでにダニーロは地上へ降りて、忠実なステツィコを伴《つ》れて、山路をさして急いでゐた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]怖ろしいことだ、怖ろしいことだ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]彼は密かにかう呟やいて、哥薩克魂の内に一種の怯気を覚えながら、足ばやに邸の庭を通り過ぎた。そこでは、煙管を銜へて坐つてゐる見張番の他は、皆ぐつすりと郎党たちが熟睡《うまい》してゐた。
空には一面に星が瞬いてゐた。
五
「まあ、ほんとに起して下すつて好かつたこと!」とカテリーナは襦袢《ソローチカ》の、刺繍をした袖
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