口で眼を拭きながら、自分の目の前に立つてゐる良人を、足の爪先から頭のてつぺんまで、しげしげと眺めながら言つた。「どんなに怖ろしい夢を見てゐたことでせう! ほんとにあたし、この胸が苦しくつて! おお!……あたし、もう死んでしまふのかと思ひましたわ……。」
「どんな夢を見たのだい? こんな夢ではなかつたのかい?」さう言つて、ブルリバーシュは自分の見て来たことを妻に物語つた。
「まあ、あなた、どうして御存じになつてるのですか?」かう、吃驚してカテリーナが訊ねた。「けれど、あなたがお話しになつたことで、あたしに分らないことが沢山ございますわ。だつて、あたしのお父さんがお母さんを殺したなんてことは、夢に見ませんでしたわ。そして死人のことなども見ませんでしたわ。ええ、ダニーロ、あなたの今お話しになつたとほりではありませんでしたわ。でも、なんてあたしのお父さんは怖ろしい人でせう!」
「お前が夢で見なかつたことの多いのは不思議ぢやないよ。お前は自分の魂が知つてゐることの十分の一も知らないでゐるのだから。知つてるかい、お前の親爺さんが邪宗門だといふことを? まだ去年のこと、波蘭人といつしよにクリミヤを攻
前へ
次へ
全100ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング