どんなにわたしを可愛がり、唇や頬に接吻をして、歯の細かい櫛でわたしの亜麻いろの編髪《くみげ》をとかして呉れたことでせう! お父さん!」茲で彼女はじつと蒼白めた眼で魔法使を凝視した。「なぜお父さんはわたしのお母さんを殺したのです?」
 魔法使《コルドゥーン》は威猛高に、指をあげて威嚇した。
「俺がそんな話をしろと頼んだか?」
 すると透明な美女は顫へだした。
「お前のご主人は今どこにをるのぢや?」
「わたしの主人《あるじ》カテリーナは今、眠つてゐます。あたしそれをしほに、そつと抜け出して翔《と》んで来たのです。あたし永いことお母さんに会ひたいと思つてゐましたの。あたしは急に十五歳の少女になつて、小鳥のやうに身軽になりましたの。何のためにあたしを呼び出しなすつたの?」
「昨日わしが話したことは、皆おぼえてをるぢやらう?」と、やつと聞きとれる位の、低い声で魔法使が訊ねた。
「覚えてゐますとも、覚えてゐますとも。けれど、あんな怖ろしいことをすつかり忘れてしまへるものなら、あたし、どんなものだつて吝みはしませんわ。可哀さうなカテリーナ! 彼女《あのひと》は自分の魂が知つてをることの半分も知らない
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