眼は輝やきを帯び、髪が波うつて、ちやうど明るい灰色の霧のやうに両の肩へ垂れ、蒼白めた唇は、白く透きとほつた朝の空に仄かに紅い曙光がさしたやうに血の色を帯びて、眉がほんのりと黒く浮き出した……。あつ! それはカテリーナだ! だが、この時、ダニーロは五体を鎖で縛《いまし》められたやうに覚えて、物を言はうとしても、唇が動くだけで声は出なかつた。
 魔法使《コルドゥーン》はじつと微動だにせず、以前《もと》のところに立つてゐる。
「お前は何処にゐたのぢや?」と彼が訊ねると、その前に立つた女は顫へだした。
「ああ! 何のためにわたしを呼び出したのです?」と、小声で呻くやうに彼女は言つた。「わたし、ほんとに幸福《しあはせ》でした。わたしは生まれて十五年の月日をすごした土地《ところ》へ帰つてゐたのです。ああ、何てあすこは好いところでせう! わたしが幼いころ遊んだ、あの草地の青々として香りの高いこと! また、あの野の花も、わたしたちのお家も、畠も、ちつとも変つてゐない、ああ、優しいわたしのお母さんが、どんなにわたしを抱きしめたことでせう! お母さんの眼にはどんなに愛情が溢れてゐたことでせう! お母さんが
前へ 次へ
全100ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング