中が、天《そら》ではなくて、今度は我が家の寝室になつて見えだした。壁には彼の秘蔵の、韃靼や土耳古の長劔が懸り、壁沿ひには棚があり、棚には日常の食器や什器が載つてをり、卓子の上には麺麭と塩があつて、揺籃も釣られてゐる……ただ龕の中からは聖像のかはりに、見るも怖ろしい顔が覗いてをり、そして寝棚《レジャンカ》には……。だが濃い霧がすべてを蔽つて又もや真暗になつてしまつた。やがて再び不思議な物音につれて部屋ぢゆうが薔薇いろの光りに照らし出されると、又もや魔法使《コルドゥーン》が異様な頭巾をかぶり、身動き一つせずに立つてゐる。物音がだんだん激しくなるにつれて淡い薔薇いろの光りは一層あかるくなり、雲のやうに見える何か白いものが、家のまんなかにゆらゆらと動く――ダニーロにはそれが、雲のやうではなくて、女が立つてゐる姿に見えて来た。だが、その女の姿は何で出来てゐるのだらう、空気からでも出来てゐるのだらうか? 足が地についてゐるでもなく、物にもたれてゐるのでもない。また、その姿をとほして薔薇いろの光が透け、壁面に明滅する符号が見える。ふと、彼女はその透明な頭を動かしたやうだ。と、微かにその蒼白めた空色の
前へ
次へ
全100ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング