爺の行く先を、よくよく二つの眼で見とどけろよ。」
 赤いジュパーンの男は河岸の端れまで行くと、突きでた岬の方へ曲つた。
「あ! あちらだ!」と、ダニーロが言つた。「どうだ、ステツィコ、てつきりあれは、洞窟《あな》の魔法使《コルドゥーン》のところへ忍んで行くやうだなあ?」
「はい、屹度さうです。ほかへ行くのではありませんよ、ダニーロの旦那! でなければ、あんな方角へ曲る筈がありません。だが、城砦《とりで》の辺で見えなくなりましたよ。」
「待て待て、先づここを出よう。そして後をつけて行くんだ。これには何か、いはくがあるぞ。見ろカテリーナ、俺が言つたらうが、お前のおやぢはまつすぐな人間ぢやないつて。彼のすることなすことが、正教徒とはうらはらだものなあ。」
 やがてダニーロと彼の忠実な下僕とは、突き出た河岸の上に姿を現はした。おや、もうそれも見えなくなつた。城砦《とりで》を囲んで永遠の眠りに沈んだやうな森が、二人を呑んでしまつたのだ。と、上の小窓がほんのりと明るくなつた。その下に佇んだ二人の哥薩克は、どうして攀ぢ登らうかと思案にくれた。門もなく、入口も見えぬ。中庭からは確かに入口がある筈だけれ
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