洋々たるドニェープルの河面に、黒点のやうに一艘の小舟が浮かび出た。同時に、城砦で、またもや何かピカリと光つたやうだ。ダニーロはそつと口笛を鳴らした。するとその口笛に応じて忠実な小者が駈けつけた。
「ステツィコ、急いで、研ぎたての長劔《サーベル》と騎銃《ムシュケート》を持つて俺の後からついて来い!」
「お出かけ?」とカテリーナが訊ねた。
「ちよつと行つて来るよ、女房。あちこち一と通りみまはつて来にやならん、何処にも異状がないかどうか。」
「でも、あたしひとり残るのは怖ろしうございますわ。何だか眠気が催してなりませんけれど、また同じやうな夢を見たらどういたしませう? あたし、あれが夢だつたのか、現つだつたのか、それさへ疑はれてならないのですもの。」
「婆やがお前といつしよにゐるぢやないか、それに玄関や庭には郎党《わかもの》たちが寝てをるし!」
「婆やはもう寝《やす》んでしまひました。それに郎党《わかもの》たちも、なんだか頼りにはなりませんわ。ねえあなた、あたしを部屋の中へ閉ぢこめて、錠を下して鍵をちやんと持つてお出かけ下さいましな。さうすれば、幾らか怖くございませんから。そして郎党《わかも
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