方とも苛立つて来る。サッと切り結んだ……あつ! 双方の刀身が唸りを立てて、そつぱうへけし飛んだ。
「まあ、よかつた!」さう口走つたカテリーナは、哥薩克たちが小銃を手にして向ひあつて立つた姿を見て、再び金切声をあげた。二人は燧石を改め、撃鉄をあげた。
先づダニーロが火蓋をきつた――しかし弾はあたらなかつた。舅が狙ひを定めた……。彼は老齢で視力も若者のやうに確かではなかつたが、その手もとは微動だにしなかつた。引鉄がひかれて、轟然たる銃声が鳴り響いた……。ダニーロはたじたじと後へ退つた。紅《くれなゐ》の鮮血がジュパーンの左袖を真赤に染めた。
「いや!」と、彼が叫んだ。「これしきのことで俺はまゐりはせぬ。左手は主ではない、右手が頭目《アタマン》だ。あの壁に土耳古の拳銃が懸つてをる。まだこれまで、一度も俺の意に逆いたことのない奴だ。さあ壁から降りて来い、俺の古い仲間よ! そして俺に忠勤を示すのだ!」
ダニーロは手を伸ばした。
「あなた!」おろおろ声でさう叫びざま、カテリーナは良人の手にすがつて、その足もとに身を投げた。「自分の身のためにお願ひするのではありません。あたしはどうせ破滅するだけの
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