も消えて亡くなれ! おれは氷の穴から身投げをしておつ死《ち》んでしまはう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 そして決然たる歩調《あしどり》で娘たちの群れに追ひつくと、彼はオクサーナと肩をならべて、きつぱりした口調で言つた。「左様なら、オクサーナ! 誰でもすきな花聟を見つけるがいいよ、そしてすきな男をからかふがいいさ。しかし、もうおれはこの世ではお目にかからねえよ。」
 美女はびつくりしたらしく、何か言はうとしたが、鍛冶屋は手を一つ振るなり、駈け出してしまつた。
「おうい、何処へ行くんだい、ワクーラ?」若者たちは駈けてゆく鍛冶屋の後ろから呼んだ。
「左様なら、みんな!」と、鍛冶屋はそれに答へて叫んだ。「神の思召しで、又あの世ではお目にかかるかも知れねえが、もうこの世ではいつしよに遊べないよ。左様なら! これまでのことは悪く思はないで呉れ! コンドゥラート神父にさう言つて、おれの罪障の深い魂の追善をして貰つて呉れないか。それからおれはつい俗事にかまけて上帝や聖母の御像へ上げる蝋燭の彩色《いろつけ》をたうとうしおほせなかつたつて、断わつてくれ。そしておれの長持の中にある物はみんなお寺へ寄進するつてこともな。ぢや、左様なら!」
 これだけ言ひきると、鍛冶屋は袋をしよつたまま、どんどん駈け出して行つてしまつた。
「ありやあ、どうかしてるぞ!」と若者たちは言つた。
「死神がついとるだあよ!」と、傍らをとほりかかつた老婆が、さも信心深さうにつぶやいた。「今に、鍛冶屋が首を縊つたつちうて評判になるだんべえ!」
 その間にワクーラは、いくつかの街路《とほり》を走り抜けたが、ちよつと一と息いれようとして立ちどまつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]おれはいつたい何処へかう急いでるのだらう?※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼は考へた。※[#始め二重括弧、1−2−54]まるで何もかもすつかり駄目になつてしまつたかなんぞのやうに。いや、もう一ぺん手段を尽してみよう。さうだ、あのザポロージェ人のプザートゥイ・パツュークのところへ行つて見るんだ。何でも人の話では、あの男は悪魔といふ悪魔とはみんな知り合ひで、かうと思つたことはすべて自分の望みどほりになるつてことだ。行かう、どうせ、おれの霊魂《たましひ》はどつちみち亡びてしまふんだから!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 それを
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