いだまま、まつさかさまに地べたにのめつた。みんなは夜つぴて浮かれまはる覚悟でゐるらしい。それに今夜はお誂らへ向きの素晴らしい星空と来てゐる! そして月の光りは雪の反射で一段と明るく思はれる。
 鍛冶屋は袋を担いだまま立ちどまつた。彼の耳にふと、娘たちの群れにまじつたオクサーナの声と、彼女のか細い笑ひ声が聞えた。彼の身内は一時にぶるつとふるへた。彼は大きい方の二つの袋を地べたへ抛り出しておいて――それ故、その中に入つてゐた補祭は打傷《うちみ》のために悲鳴をあげ、村長は思ひきり逆吃をした――小さい方の袋を担いだまま、今オクサーナの声がしたやうに思はれる娘つ子の群れの後を追ふ若者たちに加はつて歩き出した。
※[#始め二重括弧、1−2−54]そら、あれが彼女《あいつ》だ! まるで女王みたいに振舞つて、黒い眼を光らせてやあがる。彼女《あいつ》に様子の好い若造が何か話をしてやあがるぞ。あいつが笑つてるところを見ると何か可笑しい戯口《ざれぐち》を叩いてやがるのに違ひない。だが彼女《あいつ》はしよつちゆう笑つてゐる女だて。※[#終わり二重括弧、1−2−55]そして、自分でも何が何やらさつぱり分らずに、いつか群集の中をすり抜けた鍛冶屋は、オクサーナのそばまで行つて立ちどまつた。
「あら、ワクーラさん、あんた此処にゐたの! まあ今晩は!」かう美女は、ワクーラの頭をぼうつとさせてしまふやうな、いつもの微笑を湛へながら言つた。「どう、たんと流しで貰へて? おやおや、なんて小つぽけな袋だこと! あの、女帝《おきさき》様の靴は手に入つて? 早くそれを手に入れなさいよ、あたしお嫁に行つてあげるからさ……。」さう言つて、キャツキャツ笑ひ出すなり、娘たちの群れといつしよに駈け去つてしまつた。
 鍛冶屋はまるで根でも生えたやうにその場に棒立ちになつてゐた。※[#始め二重括弧、1−2−54]いや、もういけねえ。もうこれ以上、おれには我慢が出来ん……。※[#終わり二重括弧、1−2−55]やがて彼はさう呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]だが、ほんとに、どうして彼女《あいつ》はあんなに凄く美しいのだらう? あいつの眼つきといひ、声といひ、何もかもが、まるで灼きつくやうだ、灼きつく……。いけねえ、おれはもう自分で自分をどうすることも出来ない。いよいよ何もかもに結着《けり》をつける時だ。霊魂《たましひ》
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