重括弧、1−2−54]俺は朝祷にも弥撒にも、寝すごして、よう詣らなかつたのだな!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
そこで信心ぶかい鍛冶屋は、てつきりこれは自分から霊魂を滅ぼさうなどと、大それた考へを起した神罰のために、殊更こんなあらたかな祭日にさへ、寺へも詣られぬやうな眠りを神が課し給うたのだと思つて、しよげ返つてしまつた。だがその償ひには、来週、祭司の前で罪を懺悔することと、けふから向ふ一年間、毎日五十囘づつ、床に額を打ちつけて謝罪の礼拝をすることにしようと心に誓ひ、僅かに胸を安めて、家《うち》のなかへ入つて見たが、そこには誰もゐなかつた。明らかにソローハはまだ戻つてゐないらしい。
彼はくだんの靴を大事さうに懐ろから引つぱり出すと、その善美をつくした細工に眼をみはりながら、ゆうべの不可思議な出来事を思ひ出して、今更のやうに驚ろきに打たれた。手水《てうづ》を使ひ、念にも念を入れて著換をして、例のザポロージェ人から貰つた衣裳を身につけ、長持の中からポルタワへ行つた折に買つて来たまま、まだ一度もかぶらない、新らしいレシェティロフ産の毛皮帽を取り出した。また、これも同じやうに新らしい、五色染の帯を取り出した。それらの品々をひとまとめにして、鞭を取り添へて、風呂敷づつみにすると、真直にチューブの家をさして出かけて行つた。
チューブは、鍛冶屋が自分の家へやつて来た時にはびつくりして眼を瞠つたが、しかもその驚ろきは、鍛冶屋が甦がへつて来たことに対してなのか、それとも鍛冶屋がなんの憚る色もなく自分の許へやつて来たことに対してなのか、または彼がひどくめかしこんで、ザポロージェ人の服装などしてゐることに対してなのか、ちよつと見当がつかなかつた。しかし、ワクーラが風呂敷づつみを解いて、つひぞ村では見たこともないやうな真更《まつさら》な帽子と帯とを彼の前へ差し出し、彼の足もとにひれ伏して、嘆願するやうな声で喋り出した時には、更に驚ろいてしまつた。
「おとつつあん勘弁しておくれ! どうか怒らないでおくれ! さあ、ここに鞭があるだから、幾らでも心の済むだけ殴《ぶ》つておくれ。俺の方からかうして鞭を差し出すだよ。俺あ今はもう何もかも後悔してゐるだよ。さあ殴つておくれ。でも、腹だけは立てないでおくれ。お前さんは死んだ俺の親爺とは仲善しで、いつも招んだり招ばれたり、差しつ差されつの仲だつ
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