好機会をつかむことができなかった。一度などは、まんまと一物をおっことしたのであるが、巡査《おまわり》がまだ遠くの方から戟《ほこ》でもってそれを指し示しながら、「おい、何か落っこちたぞ、拾いたまえ!」と注意したので、イワン・ヤーコウレヴィッチはまたもや鼻を拾いあげて、しょうことなしにかくしへ仕舞いこまなければならなかった。やがて、大小の店が表戸をあけはじめ、それにつれて往来の人通りがつぎつぎとふえて来る一方なので、彼はいよいよ絶望してしまった。
 そこで彼は、何とかしてネワ河へ投げこむことは出来ないだろうかと思って、イサーキエフスキイ橋へ行ってみようと肚をきめた……。ところで、このいろんな点において分別のある人物、イワン・ヤーコウレヴィッチについて、これまで何の説明も加えなかったことは、いささか相済まない次第である。
 イワン・ヤーコウレヴィッチは、やくざなロシアの職人が皆そうであるように、ひどい飲んだくれで、また、毎日他人の頤《あご》を剃っているくせに、自分自身の鬚はついぞ剃ったことがなかった。イワン・ヤーコウレヴィッチの燕尾服(イワン・ヤーコウレヴィッチはけっしてフロックコートを着な
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