、なかなか利巧な小伜でして。だが、養育費にはまったく手を焼きます……」
 巡査の立ち去った後もなおしばらく、八等官は妙に漠然とした心持で、ぽかんとしていたが、ようやく二、三分たってから、初めて物を見たり感じたりすることができるようになった。あまりに思いがけない悦びが、彼をこのような放心状態に陥れたのであった。彼はやっと見つけることのできた鼻を、用心深く両手に受けて、もう一度それをしげしげと打ち眺めた。
【うん、これだ! 確かにこれだ!】と、コワリョーフ少佐はつぶやいた。【ほら、この左側にあるのは、きのうできたにきびだ。】少佐はあまりの嬉しさに、げらげら笑い出さんばかりであった。
 しかし、何事も永続きのしないのが世の習いで、どんな喜びもつぎの瞬間にはもうそれほどではなくなり、更にそのつぎにはいっそう気がぬけて、やがて何時とはなしに平常《ふだん》の心持に還元してしまう。それはちょうど、小石が水に落ちてできた波紋が、ついには元の滑らかな水面に返るのと同じである。コワリョーフは分別顔に戻るとともに、まだ事は落着したのではないと気がついた。なるほど鼻は見つかったけれど、今度はこれをくっつけて、
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