ばと起きざま、急いで後へまわって外套をぬがせた。
 少佐は自分の部屋へ入ると、ぐったり疲れた惨めな我が身を安楽椅子へ落としたが、やがてのことに二つ三つ溜息を吐いてからこう呟やいた。
【ああ、ああ! 何の因果でこんな災難にあうのだろう? 手がなくても、足がなくても、まだしもその方がましだ。だが、鼻のない人間なんて、えたいの知れぬ代物《しろもの》はない――鳥かと思えば鳥でもなし、人間かと思えば人間でもなし――そんな者は摘みあげて、ひと思いに窓から抛り出してしまうがいいんだ! これが戦争でとられたとか、決闘で斬られたとか、それとも何か俺自身が原因《もと》でこうなったのなら諦めもつくが、まるで何の理由《ことわり》もなしに消え失せてしまったのだ、ただ無くなってしまやがったのだ、一文にもならずに!……いや、どうもこんなことって、ある訳がない。】少し考えてから、彼はこうつけ足した。【どうも、鼻が無くなるなんて、おかしい、どう考えてもおかしい。これはきっと、夢をみているのか、それとも、ただ幻想を描いているだけに違いない。ひょっとしたら、顔を剃《あた》った後で鬚につけて拭くウォッカを、どうかして水と間違
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