……。わたしはもう、あの人たちの前へ顔出しすることもできません!」
 係員は何か思案をめぐらすように、きっと唇をひきしめた。
「いや、そういう広告を新聞に掲載する訳にはまいりません。」と、しばらく黙っていた後、やっと彼が言った。
「どうして? なぜですか?」
「どうしてもこうもありません。新聞の信用にかかわります。人の鼻が逃げ出したなんてことを書こうものなら……。すぐに、あの新聞は荒唐無稽な与太ばかり載《の》せると言われますからね。」
「でも、この事件のどこに荒唐無稽なところがありますか? ちっともそんな点はないと思いますが。」
「そう思えるのは、あなたにだけですよ。先週もそんなようなことがありましたっけ。さる官吏の方がちょうど今あなたがおいでになっているように、ここへやって来られましてね、原稿を示されるのです。料金を計算すると二ルーブルと七十三カペイカになりましたが、その広告というのが、何でも黒毛の尨犬《むくいぬ》に逃げられたというだけのことなんで。別に何でもないようですが、じつはそれが誹謗でしてね、尨犬というのはその実、何でもよくは憶えていませんが、さる役所の会計係のことだったので
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