かった)はまだらであった。つまり、それははじめ黒であったが、今ではところ嫌わず茶色がかった黄色や灰色の斑紋だらけになっていたのである。それに襟は垢でてかてかと光り、ボタンが三つともとれて、糸だけ残っているという為体《ていたらく》であった。またイワン・ヤーコウレヴィッチは、大の不精ものであったから、八等官のコワリョーフは彼に顔をあたらせる時、いつもこう言ったものである。「イワン・ヤーコウレヴィッチ、君の手はいつも臭いねえ。」するとその返事がわりにイワン・ヤーコウレヴィッチは、「どうして臭いんでしょうな?」と問い返す。「どうしてか知らないけれど、どうも臭いよ、君。」そう八等官が言うと、イワン・ヤーコウレヴィッチは嗅ぎ煙草を一服やってから、腹いせに八等官の頬といわず、鼻の下といわず、耳のうしろといわず、あごの下といわず――一口にいえば、ところ嫌わず手あたり次第に、石けんをやけに塗りたくったものである。
 さて、この愛すべき一市民は、今やイサーキエフスキイ橋の上へやって来た。彼は何よりもさきにまずあたりを見廻してから、よほどたくさん魚でもいるかと、橋の下をのぞくようなふりをして、欄干によりかかりざま、こっそり鼻の包みを投げ落とした。彼はまるで十*プードもある重荷が一時に肩からおりたように思った。イワン・ヤーコウレヴィッチは、にやりとほくそえみさえした。そこで彼は役人連の顔を剃《あた》りに行くのを見合わせて、ポンスでも一杯ひっかけてやろうと、【お料理喫茶】という看板の出ている家の方へ足を向けたが、その途端に、大きな頬髯をたくわえた堂々たる恰幅《かっぷく》の巡査が、三角帽をいただき、佩剣を吊って、橋のたもとに立っているのが眼についた。イワン・ヤーコウレヴィッチはぎくりとした。ところがその巡査は彼を指でさし招いて、「おい、ちょっとここへ来い!」と言う。
 イワン・ヤーコウレヴィッチは礼儀の心得があったので、もう遠くの方から無縁帽《カルトゥーズ》をとって、小走りに近よるなり、「はい、これはこれは御機嫌さまで、旦那!」と言った。
「うんにゃ、旦那もないものだぞ。一体お前は今、橋の上に立ちどまって何をしちょったのか?」
「いえ、けっして何も、旦那、ただ顔を剃《あた》りにまいります途中で、河の流れが早いかどうかと、ちょっとのぞいてみましただけで。」
「嘘をつけ、嘘を! その手で誤魔化すこ
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