とも真相に近いのではないかと考えた。なるほど彼の方でもその娘に、好んでちやほやしてはいたが、最終的な決定は避けていた。それで佐官夫人から明らさまに、娘を貰ってほしいと切り出された時にも、自分はまだ年も若いから、もう五年も役所勤めをした上でなければ、――そうすれば、ちょうど四十二歳になるしするからなどと言って、世辞でまるめて、やんわり体をかわしてしまったのである。それで佐官夫人が、てっきりその腹いせに彼の面相を台無しにしてくれようものと、わざわざそのために魔法使の女でも雇ったのに違いない。さもなければ、いくらなんでも鼻が削ぎ取られるなんてことは、夢にも考えられないことである。誰ひとり彼の部屋に入って来たものはなし、理髪師《とこや》のイワン・ヤーコウレヴィッチが顔を剃《あた》ってくれたのはまだ水曜日のことで、その水曜日いっぱいはもちろん、つぎの木曜日もずっと一日じゅう、彼の鼻はちゃんと満足についていたのである――それははっきり記憶にあって、彼もよく知っている。それに第一、痛みが感じられねばならないはずだし、もちろん、傷口にしても、こんなに早くなおって、薄焼きのパン・ケーキみたいにつるつるになる訳がない。彼は表沙汰にして佐官夫人を法廷へ突き出してやろうか、それとも自ら彼女のところへ乗り込んで膝詰談判をしてやろうかなどととつおいつ頭の中でいろんな計画を立てていた。と、不意に扉のあらゆる隙間からパッと光りがさして彼の思案を中断してしまった。これによって、イワンがもう控室でろうそくをつけたことが知れた。間もなく、そのイワンがろうそくを前へ差し出して、部屋中をあかあかと照らしながら入って来た。とっさにコワリョーフのした動作は、急いでハンカチを掴みざま、昨日まで鼻のついていたところへ押しあてることであった。とにかく、愚かな下男などというものは、主人のこんな浅ましい顔を見ると、えて呆気にとられ勝だからである。
 イワンがきたない自分の部屋へ引きさがるよりも前に、控室で「八等官コワリョーフ氏のお宅はこちらですか?」という、聞きなれない声がした。
「どうぞお入り下さい。少佐のコワリョーフは手前です。」そう言って、急いで跳びあがるなり、コワリョーフは扉をあけた。
 入って来たのは、毛色のあまり淡《うす》くもなければ濃くもない頬髯を生やし、かなり頬ぺたの丸々した、風采のいい警察官で、それは、
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