くだんの婦人連は五階へあがつて行つた。『これでよし。』とおれは考へた。『今は入らなくてもかうして居所さへつきとめておけば、いざといふ時には、ちやんと役にたつからなあ。』 

    十月四日
 今日は水曜日だから、局長の官邸の方へ出むいた。故意《わざ》と早めに行つて、ゆつくり坐りこんで鵞筆《ペン》を殘らず削りあげた。うちの局長はよほど賢い人に違ひない。書齋ぢゆう、本のぎつしりつまつた書棚で一杯だ。二つ三つ、本の表題を讀んでみたが、どれもこれも小難かしいものばかりで、こちとら風情にはてんで寄りつけさうもない――佛蘭西本や獨逸本の原書ばかりだ。何しろ局長は、顏を見ただけでも、ちやんとその眼中に何かしら威嚴がそなはつてゐる。つひぞ局長が無駄口を叩かれたのを聞いたことはないからなあ。書類でも差し出す時に、かう訊ねられるぐらゐのものだ――『天氣はどうだね?』――『は、どうもじめじめしたお天氣でございまして、閣下!』何にしても、われわれ風情の敵ではない! 要路の大官に違ひない。――だが、どうやらこのおれが格別お氣に召してゐるらしいて。もし萬一、御令孃の方もその……ええ、畜生!……いや、なんでもない
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