手合がないでもないが、しかしあの手合の書くのは大抵機械的で、句點もなければ、讀點もなく、てんで文體になつてやしないのだ。
 これには全く驚いた。だが實を言へば、近頃おれには時々、他人《ひと》には聞いたり見たり出來ないやうなことが、よく見えたり聞えたりするのだ。『ようし』とおれは肚の中でうなづいた。『ひとつ後をつけて行つて、あの犬ころの素性を突きとめて、一體あいつがどんなことを考へてゐるやがるか、調べあげてくれよう。』そこでおれは洋傘《かさ》をひろげて、二人の婦人の後について歩き出した。二人はゴローホワヤ街へ通り拔けると、メシチャンスカヤ街へ曲り、そこからストリャールナヤ街へ出て、コクーシュキン橋にかかる手前で、やつと大きな家の前で立ちどまつた。『この家なら知つてるわい』と、おれは口の中で呟やいた。『ズヴェルコフの持家だ。』まつたく素敵もない家だ! 凡そここに住んでゐない種類の人間はない――料理女やお上り連がどのくらゐゐることか! こちとら仲間の官吏にいたつては、まるで犬ころのやうにうじやうじやと重なりあつて、押しあひへしあひだ。おれの友達が一人ここに住んでゐるが、そいつは喇叭の名人だ。
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