待っていたはずだねえ、入ってもよろしいと言ってくれ給え。」彼はアカーキイ・アカーキエウィッチのつつましやかな様子と、古ぼけた制服に眼をとめると、いきなり彼の方へ向き直って、「何の用だね?」と、ぶっきら棒な強い語調で言った。その語調は、彼が勅任官に任命されて現在の地位を得る一週間も前から、一人きり自室に閉じこもって、鏡の前であらかじめ練習しておいたものであった。アカーキイ・アカーキエウィッチは、もういい加減に怖気《おじけ》づいてどぎまぎしていたが、廻らぬ舌を精いっぱい[#「精いっぱい」は底本では「精いっぱり」]働かせて、いつもよりかえって頻繁に、例の【その】という助詞を連発しながら、外套はぜんぜん新しい物であったのに、それが今はじつに非道なやり方で強奪されてしまったこと、それで今日お邪魔したのは、御斡旋をねがって、何とかして、その、警視総監なり誰なり、しかるべき筋と打合わせて、外套を探し出していただきたいがためであると説明した。どうしたものか、勅任官には、そうした態度があまりに馴々しすぎるように思われた。
「何だね、君は、」と、彼は吐き出すように言った。「ものの順序というものを御存じない
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