た。ここまで来るとアカーキイ・アカーキエウィッチの朗らかさも何だかひどく影が薄くなった。彼はその心に何か不吉なことでも予感するもののように、我にもない一種の恐怖を覚えながらその広場へ足を踏み入れた。後ろを振り返ったり、左右を見回したりしたが――あたりはまるで海のようだった。【いや、やはり見ないほうがいい。】そう考えると彼は目をつぶって歩いて行った。やがて、もうそろそろ広場の端へ来たのではないかと思って目をあげたとたんに、突然、彼の面前、ほとんど鼻のさきに、何者か、髭をはやしたてあいがにゅっと立ちはだかっているのを見た。しかしそれがはたして何者やら、彼にはそれを見分けるだけの余裕もなかった。彼の目の中はぼうっとなって、胸が早鐘のように打ちはじめた。「やい、この外套はこちとらのもんだぞ!」と、その中の一人が彼の襟髪をひっつかみざま、雷のような声でどなった。アカーキイ・アカーキエウィッチは思わず【助けて!】と悲鳴をあげようとしたが、その時はやく、もう一人の男が「声をたててみやがれ!」とばかりに、役人の頭ほどもある大きなこぶしを彼の口もとへ突きつけた。アカーキイ・アカーキエウィッチは外套をはぎ
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