・アカーキエウィッチははなはだ上機嫌で歩いていたがふと、一人の婦人がどうしたわけか、まるで稲妻のように傍らを通り抜けながら、肢体の各部で奇妙な素振《そぶり》を見せて行く後を追っかけようとしたほどであった。しかし彼はとっさに立ちどまると、どうしてこんなに足早になったのかと我ながら怪しみながら、再び前のとおりきわめて静かに歩きだした。間もなく、彼の目の前には、昼間ですらあまり賑やかではなく、いわんや夜はなおさらさびしい通りが現われた。それが今は、ひとしおひっそり閑と静まり返り、街燈も稀《まれ》にちらほらついているだけで――どうやら、もう油がつきかかっているらしい。木造の家や垣根がつづくだけで、どこにも人っ子ひとり見かけるではなく街路にはただ雪が光っているだけで、鎧扉《よろいど》をしめて寝しずまった、軒の低い陋屋がしょんぼりと黒ずんで見えていた。やがて彼は、向こう側にある家がやっと見える、まるでものすごい荒野みたいに思われる広場で街通りが中断されている場所へと近づいた。
 どこかとんと見当もつかないほど遠くの方に、まるで世界の涯《はて》にでも立っているように思われる交番の灯りがちらちらしてい
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