ところからは、かなりの道程《みちのり》があったということだけは確実である。初めのうちアカーキイ・アカーキエウィッチは、薄暗い街燈のついた、何となく寂しい街を通らなければならなかったが、当の役人の住いへ近づくにつれて、街路はしだいに活気を帯びて、賑やかになり、照明もあかるく、通行人の数もいっそうふえて、みなりの美しい婦人の姿も眼につけば、猟虎《らっこ》の襟をつけた紳士連にも出喰わした。鍍金《めっき》釘を打った格子組の木橇を引いたみすぼらしい辻待馭者はだんだん影をひそめて、それとは反対に、緋のビロードの帽子をかぶり、熊の皮の膝掛をかけて漆《うるし》塗りの橇を御した、いなせな高級馭者がひっきりなく往来し、馭者台を飾りたてた箱馬車が、雪に車輪を軋《きし》らせながら、通りを疾走していた。こうしたすべてのものをアカーキイ・アカーキエウィッチは、何か珍しいものでも見るように眺めやった。彼はもう何年も、夜の街へ出たことがなかったからである。彼はものめずらしげに、ある店の明るい飾窓の前に立ちどまって一枚の絵を眺めた。それには今しも一人の美しい女が靴をぬいで、いかにもきれいな片方の足をすっかりむきだしにし
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