ており、その背後の、隣室の扉口から、頬髯を生やして唇の下にちょっぴりと美しい三角髯をたくわえた男が顔をのぞけているところが描いてあった。アカーキイ・アカーキエウィッチは首を一つ振ってにやりとすると、まためざす方へと歩きだした。いったいなぜ彼はにやりとしたのだろう? まだ一度も見たことはなくても、何人もがあらかじめそれについてある種の感覚をそなえているところの物件に邂逅《かいこう》したがためだろうか? それとも、ほかの多くの役人たちと同じように、【いや、さすがはフランス人だ! まったく一言もない! 何か一つ思いついたが最後、それはもう、実にどうも!……】とでも考えてのことだろうか?
 いやあるいはそんなことも考えなかったのかもしれない。なにしろ他人の肚《はら》の中へ入りこんで、考えていることを残らず探り出すなどということはできない相談である。さて、アカーキイ・アカーキエウィッチはついに、課長補佐が住いを構えている家へとたどりついた。課長補佐はなかなか豪奢な暮しをしていた。住いは二階で、階段にはあかあかと、あかりがついていた。控室へ入ると、その床にごたごたと並んだオーバーシューズの列がアカ
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