の想いをその心に懐いて、いわば精神的に身を養っていたのである。この時以来、彼の生活そのものが、何かしら充実してきた観があって、まるで結婚でもしたか、または誰かほかの人間が彼と一緒に暮してでもいるかして、今はもう独り身ではなく、誰か愉快な生活の伴侶が彼と人生の行路を共にすることを同意でもしたかとも思われた――しかも、その人生の伴侶とは、ふっくらと厚く綿を入れて、まだけっして着ずれのしていない丈夫な裏をつけた新調の外套にほかならなかった。彼はどことなく前より生々《いきいき》してきて、性格までがあたかも心に一定の目的を懐ける人のように強固になった。その顔つきからも振舞いからも、いつとはなしに、疑惑の影や優柔不断の色――一言にしていえば、一切のぐらぐらした不安定な面影が消えうせたのである。時には、彼の眼の中にもかっと火が燃えたち、その脳裡に恐ろしく大胆不敵な考えが閃めいて、ほんとに貂皮《てん》の襟でもつけてやるかな? などとすら思うことがあった。そうしたことをかれこれと思いめぐらしながら、彼はほとんど放心状態に陥りさえした。一度などは書類の写しをしていながら、すんでのことに書き損ないをしようと
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