》みたいだわ!」さう言ひながらハンナは、暗い楓の茂みと、傷ましげな枝々を水に浸して哀哭してゐるやうな柳の木立にとりかこまれた、陰気な池の面《おも》を指さした。恰かも力萎えた老翁のやうに、その池は己が冷たい懐ろに遠く暗い大空を抱擁して、燦爛たる星々に氷のやうな接吻をそそいでゐる。星々は輝やかしい夜の帝《みかど》の間もなき台臨をはやくも予覚するもののやうに、暖かい夜の大気のなかで仄かに揺曳する。森のかたへの丘のうへには、一棟の古い木造りの館《やかた》が、鎧扉を閉したまままどろんでゐる。苔や雑草がその屋根を蔽ひ、窓さきには林檎の樹々が枝をひろげて生ひ茂り、森はその館を蔭につつんで不気味な凄みをそへ、榛《はしばみ》の茂みが家の土台ぎはから生ひはびこつて、池の汀へとすべり下りてゐる。
「あたし、まるで夢みたいに憶えてゐるのよ。」と、ハンナはその館にじつと眸を凝らしながら言つた。「もう、ずつとずつと以前、まだあたしが小さくて、お母《つか》さんのそばにゐた頃に、あのお家のことで、なんか、それはそれは怖い物語《おはなし》を聞いたことがあつてよ。レヴコー、あなたは屹度そのお話ご存じでしよ。ね、話して頂戴
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