ちで、あの皮外套《トゥループ》を裏がへしに著た暴れ者を捕へたなどと仰つしやつたのは、何かの間違ひだつたことは、お認めになりませうな?」
「その裏がへしの皮外套《トゥループ》を著た畜生といへば、ほかの奴らの見せしめに、足枷でも掛けて、思ひきり懲らしめてやることぢや! 官権《おかみ》の力がどんなものか思ひしらしてやることぢや! そもそも村長たる者は皇帝《ツァーリ》からでなくて誰から任命されてゐると思ふとるのぢや? あとで他の奴らも懲らしめて呉れよう。わしはちやんと憶えとる、あの碌でなしの暴れ者どもが、わしの野菜畠へ豚を追ひこんで、胡瓜やキャベツをさんざん食ひ荒させたことも、あの悪魔の忰どもが、わしのうちの麦搗きを拒んだことも、それから忘れもせぬが……。いや、そいつらのことは兎も角、わしはその、裏返しの皮外套《トゥループ》を著た悪党がいつたい何者か、是非ともそれを検べなくちやあならんのぢや。」
「そいつは、よつぽどすばしつこい野郎だと見えるて!」と、以上の会話のあひだぢゆう、まるで攻城砲に煙硝を填めでもするやうに、ひつきりなしに煙草の煙を頬に詰めこんでゐた蒸溜人《こして》が、例の短かい煙管《パイプ》を口から離すなり、ぱつと煙の雲を吐き出してから、言つた。「そんな手合は万一の場合に備へて酒倉のなかに繋いでおくのが先づ上分別だが、栄福燈の代りに樫の樹の天辺にひつ懸けておけば、申し分なしだて。」
 蒸溜人《こして》にはこの駄洒落が、われながら上出来だつたと思はれたので、他人《ひと》からの讃辞も待たずに、さつそく嗄がれた高笑ひをあげて、われから悦に入つたものである。
 その時、一同は小さな、殆んど地面へ横倒しになりかかつてゐる小屋へと近づいた。一行の好奇心はいよいよ募つて、彼等は戸口へ犇々と押し寄せた。助役は鍵を取り出して、錠のあたりでガチャガチャ音を立ててゐたが、それは自分の家の長持の鍵だつた。一同はいよいよ我慢がならなくなつた。助役は衣嚢《かくし》へ手を突つこんで鍵を捜しはじめたが、なかなかそれが見つからないのでぶつぶつと呟やいた。
「あつたあつた!」たうとう彼は半身をかしげて、縞の寛袴《シャロワールイ》についてゐた大きな衣嚢《かくし》の底から鍵を取り出しながら叫んだ。
 その声を聞くと同時に、一同の心臓はあたかも一つに融け合つてしまつたものの如く、その厖大な心臓がおそろしく不ぞろひな鼓動を打ちはじめたため、錠前の外れる音も聞えぬくらゐであつた。つひに戸が開け放たれた、と……村長の顔は布のやうに蒼ざめてしまひ、蒸溜人《こして》はぎよつとして髪の毛が逆立つやうに感じた、助役の顔にもまざまざと恐怖の色が現はれ、村役人どもはその場に釘づけにされたやうに立ちすくんだまま、一様に開いた口を塞ぐことも出来ない為体《ていたらく》であつた――一同の面前には村長の義妹が立つてゐたのである。
 女は一行にも劣らず仰天してゐたやうであるが、やや正気にかへると共に、みんなの方へ近づかうとした。
「そこを動くな!」と、怪しく顫へを帯びた声で喚きざま、村長はぴたりと女のまへに戸をたてた。「皆の衆、これあ悪魔ぢやよ!」と、彼は語をついだ。「火を持つて来い! 早く火を持つて来い! 公共の建物を惜しむこたあない! さあ、火をかけるのぢや、悪魔の骨ひとつ残らぬやうに焼きはらつてしまふのぢや!」
 村長の義妹《いもうと》は、扉ごしにこの残酷な決議を聞いて、怖ろしさのあまり、わつとばかりに声をあげた。
「皆の衆、これあ又、どうしたことだね!」と、蒸溜人《こして》が口をはさんだ。「あたら、頭べに霜をいただきながら、これしきのことを御存じないとは驚ろいた――妖女《ウェーヂマ》を焼くには普通《ただ》の火では駄目だつてことをさ! 憑魔《つきもの》を焼くには是非とも、煙管《きせる》の火を使はにやあなりませんやね、ちよつくらお待ちなせえ、万事はこのわつしが引受けましたよ!」
 さう言つて、煙管から煙草の燠《おき》を藁束のなかへはたき落すと共に、フウフウ吹きはじめた。切羽つまつた哀れな村長の義妹は、やつとその時、元気を取り戻した。彼女は声を振りしぼつて哀訴したり、その誤つた考へを棄てるやうにと歎願したりしはじめた。
「まあ待ちなされ、皆の衆! 何も、無駄な罪科《つみ》を重ねるこたあねえでがせう? ひよつとしたら、これあ悪魔ではないかも知れねえのに!」と、助役が言つた。「もし彼奴が、といふのはこの中に坐つとる奴のことですよ、そやつが十字を切ることを承知しさへすれば、それが悪魔でない明白な証拠なんだから。」
 この提案は取りあげられた。
「おらに憑《つ》くでねえぞ、悪魔!」さう、助役は戸の隙間に口をあてて言つた。「もし、その場から動かなかつたら、戸を開けてやらう。」
 戸が開けられた。
「十字
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