で、不意に、むかふからやつて来た連中とこつぴどく鉢合せをして一斉にあつと叫んだ。同じやうな叫び声がむかふでもした。村長が独眼をしばたたきながら前方を見ると、魂消たことに、当の助役が二人の村役人をつれてこちらへやつて来るところであつた。
「おや、助役さん、わしは今、あんたのとこへ行くところぢやが!」
「手前は又、あなたのお宅へ伺ふところでして、村長さん!」
「奇怪《けち》なことが起りをつてね、助役さん!」
「いや、こちらにも奇怪《けち》な事件がありましてね、村長さん!」
「ふん、どういふ?」
「若い者どもが暴れまはりますんでな! 往来ぢゆうを、隊を組んで荒しまはつてをりますよ。あなた様のことを、いやどうも……口にするのも小つ羞かしい言葉で囃し立てますが、それこそあの酔つぱらひで不信心な大露西亜人《モスカーリ》でも口にするのを憚かるやうな、如何はしい言葉でしてな。(かう言ひながら、縞の寛袴《シャロワールイ》に糀いろの胴着を著こんだこの痩形の助役は、しよつちゆう、頸を前へぬうつと伸ばすかと思ふと、すぐに又もとの姿勢にかへる妙な動作をくり返すのだつた。)手前がちよつと、うとうとつとしたかと思ひますと、忌々しい暴れ者どもめが、卑猥きはまる唄をうたつたり、ガタガタ戸を叩いて、目を醒まさしてしまひをりましたんでな! こつぴどく叱りつけてやらうと思ひましたが、寛袴《シャロワールイ》をはいたり胴着をきたりしてゐるうちに、雲を霞と逃げうせてしまひをりました。それでも、首謀者らしい奴だけは取り逃がしませんでしたよ。今、あの科人《とがにん》を拘留する小屋の中で大声を張りあげて唄をうたつてをりますがね。どうかして彼奴《きやつ》の正体を見届けて呉れようと思つたのですが、亡者の磔《はりつけ》につかふ釘を鍛《う》つ悪魔そつくりに、顔ぢゆうを煤で塗りたくつてをりますのでして。」
「で、そいつはどんな服装《なり》をしてゐるね、助役さん?」
「黒い皮外套《トゥループ》を裏がへしに著てうせるのですよ、村長さん。」
「それあ、ほんとに間違ひのない話かね、助役さん? もしその同じ張本人が、わしがとこの納屋に坐つてをるとしたらどんなもので?」
「いんにや、村長さん! さう言つちやあなんですが、間違つてゐなさるのは、あなたの方ですて。」
「灯《ひ》を持つて来い! ぢやあ一つ首実検といふことにしよう!」
灯りが取りよせられて、戸が開かれた――と、村長は眼の前に自分の義妹《いもうと》の姿を見て、驚ろきのあまり、あつと呻いた。
「まあ、お前さんつたら、」さういふ声と共に、女は村長に詰め寄つた。「すつかり耄けてしまつただね? あたしを真暗な納屋んなかへ突つこかしたりしてさ。その一つ目小僧のどたまにやあ、これんばかしでも脳味噌があつたのかい? ほんとに鉄鉤《かぎ》に頭をぶつつけなかつたのが目つけものだよ。あたしだよつて、お前さんに言つたぢやないか? この忌々しい熊つたら、鉄みたいな手で人をひつ掴んで突きたふすんだもの! あの世へ行つて悪魔に思ひきり突つつかれるが好い!……」
この最後の捨科白をいひ放つた時、彼女はもう戸の外の、往来へ出てゐたが、それは自分の生理的な用事で外へ出て行つたのである。
「なるほど、これあ、お主ぢやつたわい!」と、村長は我れに返つて言つた。
「どうだね、助役さん、そのやくざ野郎は実は忌々しい悪党ぢやねえか?」
「悪党ですとも、村長さん!」
「もう好い加減に、あのおつちよこちよい共に、うんと一つお灸をすゑて、これからは仕事に身をいれるやうにしむける時分ぢやなからうかね?」
「ええ、もう疾つくにさうしなきやならなかつたのですよ、村長さん!」
「あの馬鹿者どもめが、増長しをつて……。はあて? 往来で義妹《いもうと》の声がしたやうぢやが……。馬鹿者どもめ、つけあがりをつて、わしを同輩かなんぞのやうに思つてけつかるのぢや。このわしを奴らの仲間の、普通《なみ》の哥薩克だとでも考へてけつかるのぢや!……」その言葉についで発せられた軽いしはぶきと、額越しにあたりへ投げられた一瞥とから、村長が今や、何か勿体らしい話を持ち出さうとしてゐることが予測された。「一千……と、ええ、この面倒くさい年号と来た日にやあ、ぶち殺されたつて、すらすら言へるこつちやないが、さて……年に、時の代官レダーチに対して、哥薩克のうちから最も才幹ある者をひとり選び出せといふ命令が下つたのぢや。おお!(この『おお』といつた時に村長は指を高くさしあげた)最も才幹ある者を! 女帝陛下の供奉のために択べといふ命令なのぢや。わしはその時に……。」
「仰つしやるまでもありませんよ、村長さん! それはもう誰でも知つとることです! あなたが廷室の恩寵に浴されたといふ話なら、みんなが知つてをります。時に、手前の申し分が勝
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