ディカーニカ近郷夜話 前篇
VECHERA NA HUTORE BLIZ DIKANIKI
五月の夜(または水死女)
MAISKAYA NOCHI, ILI UTOPLENNITSA
ニコライ・ゴーゴリ Nikolai Vasilievitch Gogoli
平井肇訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)歌調《しらべ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)地主|館《やかた》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]

*:訳注記号
 (底本では、直後の文字の右横に、ルビのように付く)
(例)哥薩克は、*バンドゥーラを抱へたまま、
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[#ここから11字下げ、30字詰め]
 とんとどうも分らない! 堅気な基督教徒が何かを手に入れようとして、まるで猟犬が兎を追つかけるやうに、あくせくとして骨を折つても、どうしても旨くゆかないやうな場合に、そこへ悪魔めが荷担して、奴がちよつと尻尾を一つ振らうものなら、もうちやんと天からでも降つてわいたやうに、ひよつこり望みの品が現はれてゐるのだ。
[#ここで字下げ終わり]

     一 ハンナ

 高らかな歌声が×××村の往還を川水のやうに流れてゐる。それは昼間の仕事と心遣ひに疲れた若者や娘たちが、朗らかな夕べの光りを浴びながら、がやがやと寄りつどつて、あの、いつも哀愁をおびた歌調《しらべ》にめいめいの歓びを唄ひだす時刻であつた。もの思はしげな夕闇は万象を朦朧たる遠景に融かしこんで、夢見るやうに蒼空を抱擁してゐる。もう黄昏《たそがれ》なのに歌声はなほ鎮まらうともしない。村長の息子のレヴコーといふ若い哥薩克は、*バンドゥーラを抱へたまま、こつそり、唄ひ仲間から抜けだした。彼の頭には仔羊皮《アストラハン》の帽子が載つてゐた。彼は片手で絃《いと》を掻き鳴らしながら、それにあはせて足拍子をとつて往還を進んでゆく。やがて、低い桜の木立にかこまれた一軒の茅舎《わらや》の戸口にそつと立ちどまつた。それはいつたい誰の家だらう? 誰の戸口だらう? ちよつと息を殺してから、彼は絃《いと》の音に合はせて唄ひだした。
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バンドゥーラ
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