ギターに似た四絃琴で、小露西亜独特の楽器、我国の琵琶のやうに物語の吟詠の伴奏にも用ゐる。
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お陽《ひ》さま落ちて、ばんげになつた、
さあ出ておいで、恋人さん!
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「いや、あの眼もとの涼しいおれの別嬪は、ぐつすり寝こんでゐると見える。」哥薩克は歌をやめると、窓際へ近づいて呟やいた。「ハーリャ、お前ねむつてるのかい、それともおれの傍へ出てくるのが嫌なのかい? おほかたお前は、誰ぞに見つかりはしないかと思ふんだらう、でなきやあ、その白い可愛らしい顔を冷たい夜風にあてるのが嫌なんだらう、きつと。それなら心配おしでないよ、誰もゐやしないし、今夜は暖《あつた》かだよ。もしか誰ぞが来ても、おれがお前を長上衣《スヰートカ》にくるんで、おれの帯をまいて、両腕で隠してやるよ。――さうすれあ、誰にも見つかりつこなしさ。もしまた冷たい夜風が吹きつけても、おれがしつかりとお前を胸へ抱きしめて、接吻でぬくめて、白い可愛らしいお前の足にはおれの帽子をかぶせてやるよ。おれの心臓よ、小魚よ、頸飾よ! ちよつとでも顔を出しておくれ。せめてその白い小さい手だけでも、窓からさし出しておくれ……。ううん、お前は寝ちやあゐないんだ、この意地つぱり娘め!」彼は、ちよつとの間でも卑下したことを恥ぢるやうな調子で、声を高めた。「お前はこのおれをからかふのが面白いんだな。ぢやあ、あばよだ!」
彼はくるりと背をむけて、帽子を片さがりに引きおろすと、静かにバンドゥーラの絃を掻きならしながら、つんとして窓をはなれた。その時、戸口の木の把手《とつて》がことりと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた。ギイつといふ音といつしよに戸があいた。そして、花羞かしい十七娘が微光につつまれて、木の把手をもつたまま、おづおづと後ろを振りかへり振りかへり閾を跨いだ。なかば朧ろな宵闇のなかに、澄みきつた二つの眼が星のやうに媚をたたへて輝やき、赤い珊瑚の頸飾がキラキラと光る。鋭い若者の眼は、面はゆげに少女の頬にのぼつた紅潮《いろざし》を見のがさなかつた。
「まあ、気みぢかな方つたら!」さう、娘はなかば口の中で怨ずるやうに、男に言つた。「もう腹を立ててるんだわ! なんだつてこんな時分にいらつしたの? ときどき、人が多勢で往来《おもて》をあちこちしてるぢやありませ
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