若い衆でもあることか、好い齢《とし》をからげて、往来で夜よなか踊りををどつてるなんて、子供たちの好い笑ひ草だよ!」かう、藁をかかへた、行きずりの老婆が、おつたまげて声をかけた。「自分のうちい戻りな! もうとつくに寝る時分だによう!」
「戻るつてことよ、おらあ!」と、百姓はたちどまつて答へた。「戻るつたらさ。なんの、どんな村長野郎だつて、おいらの目にやあねえだぞ。なんでえ、あの下種《げす》野郎めが、寒中に、人のど頭《たま》から冷水をぶつかけるのを村長の役柄だと思つて、鼻を高くしてけつかるだ! へん、村長々々と威張りやあがつて。おらはおらの村長だい。そうら、神様の罰があたるもんならあたるがええだ! おらはおれ様の村長だい! さうだとも、でなかつたら……」と、その男は罵りつづけながら、行きあたりばつたりの一軒の家に近づいて、その窓の前に立ちどまると、木の把手《とつて》でも捜すやうに窓硝子を指で撫でまはしはじめた。「こうら、おつかあ! はやく開けねえかつ! おつかあつたら! 哥薩克にやあ、もう寝る時分だぞ!」
「まあ、カレーニクさん、あんたどこの家へ入らうつてえの? あんたは、よその家へ戸迷ひしてるのよ。」かう、陽気な唄うたひを終つて帰りがけの娘たちが、笑ひながら、彼の後ろから喚きたてた。「あんたの家、をしへてあげようか?」
「うん、教へてくんろよ、親切な姐さんたち!」
「まあ、親切な姐さんたちだつて? ねえ、みんな聞いて?」さう、そのなかの一人が言葉尻を捉へた。「なんてカレーニクさんのお世辞のいいこと! これぢやあ、家を教へてあげない訳にはいかないわね……でも駄目よ、その前に一ぺん踊んなさいな。」
「踊れ?……ちえつ、なかなか隅におけねえあまつ子たちだ!」かう、間伸びのした口をききながら、カレーニクはにやにやして、指をあげて嚇したが、足はひとところにじつとしてゐないで、あちらこちらへふらふらとよろめいた。「それぢやあ接吻《なめ》させるけえ? お前《めえ》らみんな接吻《なめ》てやらあ!……」さう言つて、よろよろした足どりで娘たちの後ろを追つかけはじめた。娘たちは金切り声をあげて跳びすさつたが、カレーニクの足どりのあまり疾くないのを見てとると、勇気を盛りかへして、往還を横ぎつて向ふ側へ渡つた。
「ほら、あれがあんたのおうちよ!」娘たちは遠ざかりながら、ほかの家とは図抜けて大き
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