たけ投げだしたつて構やしねえぞ。だが、前には悪魔が坐つてやがる!』どつといふ笑ひ声が四方から起つた。しかし、この思ひがけない挨拶は、のつそりのつそり歩を進めてゐる亭主の、粧《めか》したてたその配偶《つれあひ》には、あんまり嬉しくなかつた。女房《かみさん》の赤い頬は火のやうに赫つと燃え立つて、取つておきの悪罵がこの不届きな若者の頭から浴せかけられた。
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プショール河 ドニェープルの一支流。
スヰートカ 小露西亜人の用ゐる長上衣で、上から腰に帯を緊める。
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「何だい、この碌でなしの出来そこない野郎め、咽喉でも詰まらせてくたばつてしまやがれ! 汝《てめえ》の親爺のど頭に壺でもぶつかりやあいい。氷に滑つてころびくさるがいいんだ、忌々しい外道めが! 地獄へおちて鬼に髯でも焼かれやあがれ、くそつ!」
「どうだい、あの毒づくことは!」と、若者は女房《かみさん》の顔に眼をみはりながら、思ひがけなく手厳しい矢継ばやの応酬にいささか辟易した形で、「あの海千山千の妖女《ウェーヂマ》の舌は、あんなことを言つて、あれでちつとも痛くはならねえのかな
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