けて、いちいち値段を当つて見るのだつた。さうしてゐるあひだにも肚のなかでは、売りさばきに持つて来た十袋の麦と老耄れた牝馬を中心に、とつおいつ思案にかき暮れてゐるのだつた。ところが娘の顔つきでは、麦粉や小麦を積んだ荷車のあひだを潜るやうにしてあちこちと歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]るのは余《あんま》りうれしくないらしかつた。彼女は、布張りの日除けの下に美々しく吊りさげられた赤いリボンだの、耳環だの、錫や銅の十字架だの、古銭の頸飾だのの方へ行きたかつたのだ。しかし、こちらにも彼女の眼を牽きつけるものはいくらでもあつた。彼女をこの上もなく笑はせたのは、ジプシイと百姓とが、痛さに悲鳴をあげながら互ひに手を敲きあつてゐるのや、酔つぱらひの猶太人が女の尻を膝で小突くのや、女の市場商人が啀《いが》みあひながら、罵る相手に※[#「虫+刺」、第4水準2−87−66]蛄《ざりがに》をつかんで投げつけてゐるのや、大露西亜人《モスカーリ》が片手で自分の山羊髯をしごきながら、片手で……。ところが彼女は不意に、誰かが自分の刺繍《ぬひ》の襦袢《ソローチカ》の袖をひつぱるのに気がついた。振りかへつて見
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