きの交錯が旋風のやうに身に迫るのを。実にかの全群集が一つの厖大な怪物となり、その胴体のすべてを以つて広場や狭い街々を蠢きつつ、叫び、鳴り、はためく田舎の定期市《ヤールマルカ》の渦巻のなかで、一瞬間われわれを捉へるのは、その同じ感じではなからうか? 喧騒と怒号、牛や羊や豚の啼き声――それらのすべてが混淆して一つの調子外れな音響となるのだ。去勢牛、袋詰、乾草、ジプシイ、皿小鉢、百姓女、薬味麺麭、帽子――すべてがけばけばしく、五彩燦爛として、乱脈に、うようよと累なりあひ、入り乱れて、ぱつと眼の前へ押し迫る。声とりどりの話声が互ひに消しあつて、この音響の洪水からは一語として拾ひあげられ、救ひだされる言葉はなく、一句として明瞭に発せられる叫びはなく、ただ商人《あきんど》どもの手を拍つ音が市場の四方八方から聞えるだけである。荷車が毀され、鉄金具が鳴り、地面へ投げられる板がばたんばたんと轟ろいて、眩暈《めまひ》を起した頭には方角も何も分らなくなつてしまふのだ。くだんの旅の百姓は、もう長いこと、娘といつしよに、さうした人波のなかに揉まれてゐた。彼は、こちらの荷車に近よるかと思へば、あちらの荷車に手をか
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